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―― 自分勝手な女性自身 ――

 私は今、歯医者に通っている。

 先生一人に歯科助手二人、受付が一人というこぢんまりとした歯科医院で、先生は丁寧に治療と説明をしてくれるし、受付は清楚な感じの女性でとても好感の持てるところである。

 これは先日の話。

 私がいつものように待合室のソファーに腰かけようとすると、L字を左右逆にしたようなソファーの端に治療中であろう先客の荷物ひとつ。そして、逆の端近くにこれまた治療中の先客が本棚から引っぱり出して来たであろう週刊誌の『女性自身』が積み上げられて置かれていた。

 私は端に置かれた荷物と『女性自身』の間に腰をおろした。図に表すと下のような感じである。


本棚 荷物 女性自身

ソファーと私
図-1部屋とソファーと私

 積まれた『女性自身』から推測するに、これを読んでいた人物は本棚から取り出した雑誌をはなから元の場所へと片付ける気がなかったと推測される。そして、名前を呼ばれたら速やかに本棚へ雑誌を返して治療室へ行けるようにする等の先のことを考えられない人間だろう。そういった人間なので、ここに雑誌を積むことでそのスペースが後から来た患者の邪魔になるということを考えられないような、頭が悪いか性格が悪いかどちらかの人間が治療を終えてもうすぐここにやって来るだろう――と、私はその雑誌を尻目に考えていた。

 こういうタイプはスーパーの品物をレジ袋に詰めるスペースで、空っぽになったカゴを片付けることなく平気で去っていくことができるタイプである。会計を済ませた次の客がそのカゴを片付ける羽目になろうが知っちゃこっちゃないという、とてつもなく迷惑な人間である。

「それを片付けるのは店員の役目でしょ? 私お客よ?」

 などとそういう人間は言うであろうが、他の客がそれを一斉にやったらどうなるか考えてみればいい。それはそういった頭の悪い一部の客だけがやるから成立していることで、皆が皆その理屈で動いたら店員の手が足りずに、結局は次にやってきた多くの客がそれを片付ける羽目になるのは想像に難くない。つまりは手前勝手な理屈なのである。使ったものを片付けましょうなんてのは小さい子供でもやってることだろ。

 そんなことを考えながら一人でムカムカしていると、治療が終わった一人の老婆と一人の上品な出で立ちの中年女性が待合室へと帰って来た。

 老婆はソファーの端に置かれた自分の荷物を手に取って腰かけた。

 中年女性は積まれた『女性自身』の隣に……ではなく、私と老婆の間に腰かけた。

「雑誌を積んだ犯人はまだ治療中か?」

 しばらくして名前を呼ばれて診察室に入ってみると、そこにいる患者は自分だけであった。……どうやら待合室のソファーに『女性自身』を積み上げた犯人は、先ほど出て行った中年女性のようだった。

 治療を終えて待合室に戻ってみると、そこにはサラリーマン二人とはたして片付けられることなく積まれたままの『女性自身』があった。

 もしかしたら後から来たサラリーマン二人は、この『女性自身』を積み上げたのを自分だと思っているのではないか? ――などと不安になりながら私はソファーに腰かけた。以前にもこれと似たようなことがあって、サイトに書いたのをふと思い出した(→過去の記事)。針の筵である。


 ゴシップ誌で人の噂話を読み漁るのもいいが、この中年女性はそれよりもまず自分自身を見つめ直すのが先だろうと思う。

―2008年10月8日―

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